小野道夫先生の解剖学講義
小野道夫先生:スイスのヤシャルギー教室に留学して大脳の肉眼解剖学の洋書を執筆した過去のある脳神経外科医です。和歌山のコウノメソッド実践医。

27.3.9号掲載(1)ピック切痕
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先生のCT画像診断におけるユニークな命名は、微笑ましく覚えやすいので認知症の理解にとても役に立っています。ありがとうございます。もうすでにご報告があることとは思いますが、1982年のフロリダ大学での私の脳の微小外科解剖の研究スライドからまずは、ピック切痕の解剖的対応を調べてみました。

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1)ピック切痕 ピック切痕は、コウノメソッドでは、前頭側頭型認知症の早期CT画像の特徴的所見とされています。FTLDにおける早期の前頭葉萎縮をとらえているものと考えられます。ピック切痕は拡大した1本の脳溝断面というよりもさらに幅が広いのが特徴的ですが、写真の黒丸の部分で拡大した脳溝と平行にCT断面が通るときの画像と言えそうです。

その脳溝は下前頭溝の後、中心前溝との結合部付近と考えられます。前頭葉眼窩面や下前頭葉の萎縮で早期に拡大してくるのではないかと考えられます。この部分の下方は、左脳の場合、ブローカの運動性言語野になります。

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ピック切痕に接して後方に脳溝がある場合は中心前溝、少し離れてある場合は中心溝と思われます。

写真の
OM angle:OMラインに平行な切断面
Jobst angle:OMラインより20度前へ傾けた切断面 

27.3.23号掲載(2)「ブロッコリー」
コウノメソッドの認知症画像診断と解剖的対応の第2回、今回はブロッコリーです。 
デジタルカメラのない時代の古い写真ですので汚れや粗さはご容赦ください。

ブロッコリーは、CT前額断における前頭側頭型認知症に特徴的な側頭葉の萎縮所見です。特にわずかな左右差にも注目すべきとされています。このブロッコリーの解剖的対応について2つの異なる断面での解説を試みてみました。
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①、② 前額断面

側頭葉の脳溝と脳室
a. Superior temporal sulcus
b. Inferior temporal sulcus
c. Occipitotemporal sulcus
d. Collateral sulcus
e. Rhinal sulcus
S. Sylvian fissure
V. Lateral ventricle(側脳室下角)

f.  Transverse temporal gyrus(横側頭回=1次聴覚野)
g.  Entorhenal cortex(嗅内皮質)
h. Amygdaroid body(扁桃体)
i.  Basal ganglia(大脳基底核)
j.  Hippocampus(海馬)

側頭葉前額断で見られる脳回が萎縮しこれらの脳溝やシルビウス裂が開いてくる所見がブロッコリーとなります。
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下図は、島を覆う前頭葉と頭頂葉の弁蓋部を外したのものでシルビウス裂内の側頭葉上面が見えています。下図及び上図②のfは、後方のCT前額断で見られるシルビウス裂内の脳回で横側頭回=1次聴覚野と言われています。この脳回も萎縮しブロッコリーの一部をなすことがあります。

今回のテーマではありませんが、図①で見えているjは海馬の前端部の海馬足(Pes hippocampi)で図②のjは、海馬の前額断面(Ammon’s horn)です。これらの断面図からも嗅内皮質( g )、扁桃体( h )、大脳基底核( i )、海馬( j )、の近接する位置関係が確認できます。
文献
1. M. Ono, S. Kubik, and C. D. Abernathey, Atlas of the Cerebral Sulci, Thieme, Stuttgart, Germany, 1990.
小野先生からのメール:30年前の研究資料が今このような形で少しでもお役に立てるとは、想像も致しませんでした。人生における出会いや不思議な計らいにはいつも驚かされ感動するばかりです。先日、アメリカでは、認知症の総称としてアルツハイマー病と言っていることを知りました。そのためにアメリカの認知症疫学、治療、研究が遅れているのではと思わされました。一度実情を調べに行ってみたいものです。コウノメソッドもますます世界へと広まらんとしているご様子、とてもうれしいです。お体ご自愛下さいませ。

27.3.30号掲載(3)「前頭葉脳回の矮小化」
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3.前頭葉脳回の矮小化

コウノメソッドの認知症画像診断におけるCT矢状断での「前頭葉脳回の矮小化」は、前頭側頭型認知症の前頭葉萎縮を示す特徴的所見の一つです。前頭葉の脳回が小さく沢山見えてくるものです。コウノメソッドでは「前頭葉脳回の矮小化」の評価は、脳室体部を通る矢状断面でなされます。

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上図:上の左と下は、同一の脳でライン①②の矢状断面を示しています。青線は中心前溝です。上の右は別の脳の前額断で脳室を通る矢状断①②のおよその位置関係を示しています。これらから「前頭葉脳回の矮小化」は、矢状断面で上前頭回の脳回の萎縮、脳溝の拡大を評価していることになります。

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下図:4例の前頭葉の上前頭回を示しています。赤線が矢状断の通るライン、青線は中心前溝になります。これらを見ても、上前頭回には浅いもの、深いもの合わせて多くの脳溝が本来あることがわかります。ただし萎縮していない脳では、脳回も萎縮していず、脳溝も開いていないため、脳回の矮小化は見られないわけです。

27.4.6号掲載(4)前頭葉眼窩面の萎縮
これらは4例の眼窩面萎縮を示しているCT前額断で各半球で1−3個のいろいろな深さの広くなった脳溝が見えています。
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コウノメソッドの認知症画像診断におけるCT前額断での「前頭葉眼窩面の萎縮」は、前頭側頭型認知症の前頭葉萎縮を示す特徴的所見の一つです。前頭葉眼窩面のOrbital sulcus(眼窩溝)が開いてくる所見です。
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同一の脳での前頭葉眼窩面の前額断 a,b, c を示しています。眼窩溝は、H型を基本に前後に1−4本の脳溝で構成されています。前額断面a,b,cでは、それぞれ3,4,2本の眼窩溝断面(青矢印)が認められます。

赤矢印は、Olfactory sulcus (嗅溝)の断面です。これらから「前頭葉眼窩面の萎縮」は、前額断面で眼窩面の脳回の萎縮、眼窩溝の拡大を評価していることがわかります。
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4例の前頭葉眼窩面を示しています。眼窩溝は、H型の基本パターンの上に、前方、後方に深い脳溝、浅い脳溝が2,3,4本あることがわかります。萎縮していない脳では、眼窩溝は広く開いていないのでCT画像上通常は認められないわけです。

27.4.13号掲載(5)「朝顔の蕾~OKサイン」
以下の4例は、CT水平断(OMライン)での側頭葉萎縮を示しています。
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CT水平断でのこれらの側頭葉の萎縮は、コウノメソッドではそれぞれ以下のように命名され、前頭側頭型認知症の特徴的所見の一つです。また左右差にも注目が必要です。CT所見をこのように表現するととてもイメージしやすく萎縮の程度が把握しやすいですね。
① 朝顔の蕾
② アマガエルの指(エイリアンフィンガー)
③ 別れの一本松
④ サギソウ

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同じように側頭葉の上側頭回(a)、中側頭回(b)、下側頭回(c)が同程度に萎縮して脳溝が開いてくると拡大した側脳室下角とともに母趾と示指で輪を作り残りの指3本を立てた特徴的な「OKサイン」を示すことになります。これも前頭側頭型認知症の側頭葉萎縮の大変印象的で特徴的な所見です。矢印dは、側頭葉下面の後頭側頭溝です。

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これらは、側頭葉の側面と下面です。赤線が上記CT画像とおよそ一致する水平断のラインを示しています。下図の水平断の脳と合わせると理解が深まると思います。
脳回aが上側頭回、bが中側頭回、cが下側頭回です。
脳溝dは、後頭側頭溝、脳溝eは、側副溝です。
後頭側頭溝、側副溝は、通常側頭葉から後頭葉まで前後に長く伸びる脳溝です。

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この図から前頭葉下面ー中脳又は橋上部ー小脳を通るOMラインに平行なCT水平断では、後頭葉は見えず、すべて側頭葉の斜め断面であることがわかります。

これらは、側頭葉の側面と下面です。青線は後頭葉との境界を示しています。赤線が上記CT画像とおよそ一致する水平断の通るラインを示しています。下図の水平断の脳と合わせると理解が深まると思います。これらの図でのa,b,c,d,eは、この断面ではいずれも側頭葉であることがわかります。

脳回aが上側頭回、bが中側頭回、cが下側頭回です。脳溝dは、後頭側頭溝、脳溝eは、側副溝です。後頭側頭溝、側副溝は、通常側頭葉から後頭葉まで前後に長く伸びる脳溝です。

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これらから、アマガエルの指(エイリアンフィンガー)、別れの一本松、サギソウはCT水平断画像で主に上側頭回の萎縮像のあることがわかります。エイリアンフィンガー命名の由来は映画「E.T.」からでしょうか?、1982年公開ですからもう33年前になりますね。

27.4.20号掲載(6)「ナイフの刃状萎縮」
以下の4例は、CT矢状断での前頭側頭型認知症に特徴的な側頭葉の萎縮を示しています。
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側頭極に注目すると
① 先別れタイプのナイフの刃状萎縮(先別れが浅い場合=「カモノハシの前足」)
② 先別れタイプのナイフの刃状萎縮(先別れが②つの場合=「牛の蹄」)
③ 短縮型ナイフの刃状萎縮(CT水平断における「偉大なるアフリカ」】
④ 中抜きー先別れタイプのナイフの刃状萎縮(側脳室下角の拡大を伴う場合)

青矢印は横側頭回、赤矢印は島皮質表面、白矢印が拡大している側脳室下角です。
緑矢印がいわゆるナイフの刃の形に見える、側頭葉上面の萎縮による沈み込みです。

下図は大脳の矢状断で右はほぼ上記のCT矢状断と一致しています。左は約1cm外側の矢状断ですが、aは、上側頭回、島皮質はまだ前頭葉、頭頂葉、側頭葉弁蓋部に覆われています。

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下図は、水平断面及び正面像でおよそのCT矢状断と一致する断面のラインを赤線で示しています。この断面はシルビウス裂内の島皮質(赤矢印)の外側で、横側頭回(青矢印)と側頭葉上面(緑矢印)を通っています。ナイフの刃状萎縮はこの断面で評価されます。aは上側頭回、bは中側頭回、cは下側頭回です。3つの先別れは上、中、下側頭回の萎縮像と言えます。

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下図は、3例の側頭葉極部を示しています。赤線が側頭葉萎縮を評価する島皮質外側を通るCT矢状断を想定したものです。

①では、2本の脳溝を、②では1本の脳溝を横切っていてそれぞれ、CT像では3本の先別れ、2本の先別れ像となります。③では、浅い脳溝を横切っていてこの場合萎縮像は。「カモノハシの前足」になると考えられます。

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